
インテリスタの不動産論 第一弾/金で買えなかったもの
マッシモ・モラッティは、石油で財を成した男だった。
そのオイルマネーを、湯水のようにインテルに注ぎ込んだ。ロナウド、バッジョ、レコバ、ビエリ。当時の世界最高クラスの選手たちが、次々と黒と青のユニフォームを着た。
スタジアムは沸いた。インテリスタは夢を見た。私もその一人だった。
それでも、勝てなかった。
スクデットはいつもユベントスかミランのものだった。
ベルルスコーニのミランは、モラッティのインテルより賢く、狡く、強かった。何百億をかけた補強が、毎年最後の一歩で崩れた。
おかしい、と思っていた。気のせいじゃない、とも思っていた。でも証明できなかった。
2006年、カルチョボリが暴かれた。
審判の割り当てを裏で操作し、都合のいい笛を吹かせていた。
長年インテリスタが感じていたあの違和感は、気のせいではなかった。ユベントスはセリエBに叩き落とされた。
そしてモラッティはイブラヒモビッチを獲った。
カルチョボリで失墜したユベントスから、最大の遺産を引き継いだ。あの巨体、あの技術、あの傲慢なまでの自信。インテリスタはまた夢を見た。これでビッグイヤーに届く、と。
届かなかった。
イブラヒモビッチをもってしても、CLの頂点には手が届かなかった。
そしてモラッティはモウリーニョを呼んだ。
2010年。セリエA、コッパ・イタリア、チャンピオンズリーグ。三冠。
あの夜、私は泣いた。純粋な喜びではなかった。モラッティが注ぎ込んだ莫大な金も、世界最高の選手たちも、長年の理不尽も、全部が一気に報われたような夜だった。
インテリスタなら誰でもわかる、あの感覚だ。
だがその後、セリエA自体が沈んでいった。スペインとイングランドに資金を根こそぎ持っていかれ、世界中の優秀な選手がイタリアを素通りするようになった。
イタリア代表はW杯に3大会連続で出場できなかった。かつて世界最高と言われたリーグが、静かに色褪せていった。
気づけば私の髪に、白いものが混じるようになっていた。
このクラブのせいだと、今でも思っている。
**次回、金ではなく目利きで戦い始めた男の話をする。**