
台風の日、大井町トラックスを歩いてみた。|JRの社宅だった場所に、新しい街ができた
台風の日、大井町トラックスを歩いてみた。|JRの社宅だった場所に、新しい街ができた
おととい、台風の中で大井町の物件をご案内しました。
雨と風の中で内見を終え、 そのまま駅へ戻るのも少し惜しく、 開業したばかりの OIMACHI TRACKS(大井町トラックス) へ寄ってみました。
雨の日の大井町。
いつもより人通りは少なく、 新しくできた街をゆっくり見るには、 かえって良い日だったのかもしれません。
JR大井町駅から、そのまま新しい街へ
まず驚いたのが、 駅からの入り方です。
JR大井町駅には、 「トラックス口」 という新しい改札ができました。
駅を出ると、 そのままOIMACHI TRACKSへ。
以前の大井町を知っていると、 この動線だけでも街がかなり変わったことが分かります。
駅の外に出て、 再開発された場所まで歩いていくのではありません。
駅と新しい街が、最初から一つにつながっています。
写真を撮った場所からも、 ホテルや店舗、広場へ続く新しい空間が見えます。
駅が変わったというより、
駅から街への入り方が変わった。
JR大井町駅の「トラックス口」は、 OIMACHI TRACKSの開業に合わせて新設された改札です。
OIMACHI TRACKSの公式サイトでも、 JR京浜東北線からの最寄り改札として 「トラックス口」が案内されています。
でも、ここには昔、JRの社宅があった
新しくなった街を歩きながら、 少し不思議な感じがしました。
というのも、 この場所には、以前JRの社宅がありました。
私の友人も、 かつてここに住んでいました。
その頃に見ていた大井町と、 今、目の前にあるOIMACHI TRACKS。
同じ場所だと思うと、 時間の流れを感じます。
UR都市機構の資料でも、 この一帯は 「JR東日本広町社宅跡地等エリア」 と記されています。
鉄道や土地の高低差によって分断されていた場所をつなぎ、 新しい街をつくる事業が進められてきました。
鉄道の土地から、暮らす場所へ。そしてまた、新しい街へ
さらに時間を遡ると、 この土地と鉄道の関係は、 社宅よりもっと前から続いています。
JR東日本によれば、 この場所には大正時代、 鉄道車両工場と線路がありました。
実は、 「OIMACHI TRACKS」という名前にも、 その歴史が残されています。
TRACKS。
線路。
そして、 新しい街の中を人が歩く「通り」。
さらに、多様な音が重なって一つの曲になる 「楽曲」という意味も重ねられています。
鉄道車両工場と線路
↓
JRの社宅
↓
OIMACHI TRACKS
こうして時間を並べてみると、 今回の再開発が単に 「駅前に新しいビルができた」 という話ではないことが分かります。
鉄道とともに使われてきた土地が、 時代ごとに役割を変えています。
JR東日本|OIMACHI TRACKSと広域品川圏について →
4年前にも、大井町を歩いていた
大井町については、 4年前にもこのブログで書いています。
そのときは、 大井町一丁目にある賃貸マンションのご案内でした。
お客様と駅から物件まで歩きながら、 駅徒歩何分という数字だけでは分からない 周辺環境を確認しました。
ルートによっては、 飲食店や風俗店などが集まる一角もあります。
物件の中だけではなく、 そこまでどう歩くのか。
それも住まいを選ぶときには 大切なことだと思っています。
大井町だけが変わっているわけではない
そして、 今の大井町を見るなら、 大井町だけを見ていても十分ではありません。
JR東日本は、 浜松町・田町・高輪ゲートウェイ・品川・大井町 へ続く東京南部のエリアを 「広域品川圏」と位置づけています。
↓
田町
↓
高輪ゲートウェイ
↓
品川
↓
大井町
田町・芝浦を拠点に仕事をしている私たちから見ると、 これはかなり面白い変化です。
北では浜松町。
田町、高輪ゲートウェイ、品川と続き、 その南側に大井町があります。
それぞれ別々に進んでいるように見える再開発が、 実は一つの大きな都市圏としてつながり始めています。
浜松町から大井町まで。
東京南部で何が起きているのか。
田町・芝浦、高輪ゲートウェイ、品川、大井町。 再開発と交通整備を「広域品川圏」という視点からまとめています。
TRACKSという名前を、少し違って見る
今回、実際に歩いてみて、 「TRACKS」という名前が少し面白く感じました。
昔は鉄道の線路と車両工場があった。
その後、 JRの社員と家族が暮らす社宅があった。
そして今は、 駅から人が直接入ってくる新しい街になった。
土地は同じでも、 人の動き方は大きく変わっています。
鉄道会社が持っていた土地だからこそ、 駅と街をここまで直接つなぐことができる。
OIMACHI TRACKSは、 JR東日本が進める「広域品川圏」の南側を担う街でもあります。
OIMACHI TRACKSの名称や開発の考え方については、 公式情報でも詳しく紹介されています。
台風の日だから見えた、大井町
この日は台風でした。
内見には決して向いている天気ではありません。
雨も降る。
風も強い。
歩くのも大変です。
でも、 こういう日に街を歩くと、 晴れた日とは違うことが見えることがあります。
駅からどれくらい濡れずに歩けるのか。
風が強い場所はどこなのか。
建物から駅までの動線はどうなのか。
人通りはどう変わるのか。
不動産は、 晴れた日の昼間だけ使うものではありません。
雨の日もあります。
夜もあります。
暑い日も、寒い日もあります。
だから、 実際に歩いてみることには意味があります。
同じ台風の日、芝浦も歩いています。
海側で風の強い芝浦では、 大井町とはまた違う街の表情がありました。
街は、完成した日だけを見るものではない
再開発の記事というと、 どうしても完成した建物の大きさや 新しくできた店の話になりがちです。
でも、 不動産会社として街を見ていると、 少し違うところが気になります。
ここには以前、何があったのか。
駅からどう歩くのか。
周囲の街とどうつながっているのか。
そして、 ここで暮らしたらどう感じるのか。
昔ここにあったJRの社宅には、 私の友人も暮らしていました。
その場所を、 今度は内見帰りに歩いている。
しかも、 駅には「トラックス口」という 新しい入口までできています。
街は、 思っている以上に変わるものです。
昔を知っている街ほど、
変化はよく見える。
台風の日の内見帰り。
少しだけ、大井町を歩いてみました。
大井町から、その先へ。
株式会社 blue blooded
田町・芝浦サロン
物件より先に、お話を。