
東京は、あとどこまで海を埋められるのか?|400年続いた埋立てと有明・豊洲・芝浦、次に変わる東京湾岸
TOKYO BAY / LAND, CITY & THE NEXT 50 YEARS
東京は、あとどこまで海を埋めるのか?
400年続いた埋立てと、
次に変わる東京湾岸を考える。
現在の東京湾。芝浦・晴海・豊洲・有明・台場など、すでに街となった埋立地のさらに先に、中央防波堤、新海面処分場があります。
東京の地図は、まだ完成していません。
芝浦も、港南も、豊洲も、晴海も、有明も。
今ではマンションやオフィスが建ち、人が暮らしている場所の多くは、 昔からそこにあった土地ではありません。
東京は海を埋めながら、少しずつ街を広げてきました。
そして2026年の現在も、その埋立ては続いています。
東京は、あとどこまで海へ広がるのでしょう。
さらに沖に、新しい街ができるのでしょうか。
それとも、海を埋めて東京を広げる時代そのものが、 少しずつ変わろうとしているのでしょうか。
今回は、江戸時代の海岸線から、 現在の東京湾の最前線までを追ってみます。
ただし、もう一つ。
昔の地図を見ていると、 不動産を扱う立場として別のことも気になってきます。
現在の豊洲や有明は、いつから「街」になったのか。
土地ができた時なのか。
行政が方針を変えた時なのか。
鉄道が通った時なのか。
マンションが建ち始めた時なのか。
東京の海岸線を400年たどると、
街の価値が変わる前に、何が起きるのか。
その一端も見えてきます。
01 / TOKYO WAS CLOSER TO THE SEA
東京は、海を埋めながら大きくなった。
東京湾の埋立ては、最近始まったものではありません。
江戸時代から、東京は海を陸へ変えてきました。
そして明治以降、埋立ての規模はさらに大きくなります。
港を造る。
船を通す。
工場や倉庫を造る。
人口が増える。
都市から出る廃棄物を処理する。
東京という巨大都市を維持するために、 海は少しずつ陸へ変わっていきました。
現在の地図だけを見ていると分からない。
昔の海岸線を重ねると、
東京そのものが海側へ動いてきたことが見えてきます。
02 / THE OLD SHORELINE
浜松町、田町、品川。
海は、もっと近かった。
現在の浜松町駅から東へ歩けば、旧芝離宮があります。
その先には竹芝。
南へ行けば日の出、芝浦。
今ではすべて陸続きです。
しかし江戸時代まで時間を戻すと、 現在とはまったく違う海岸線が現れます。
浜離宮も旧芝離宮も、海と深く関係した場所でした。
そして田町駅まで南へ下ると、 さらに面白い境界が見えてきます。
田町駅を挟むと、土地の時間が変わる。
田町駅の西には三田。
東には芝浦があります。
現在なら駅を挟んで数分の距離です。
しかし土地の成り立ちは大きく違います。
三田側には昔からの陸地や台地があります。
一方、現在の芝浦の大部分は、 後の時代に東京湾を埋め立てて造られました。
昔からの東京と、海へ広がった東京。
田町駅周辺は、その境目を見ることのできる場所でもあります。
さらに南へ行けば品川です。
現在の品川駅港南口には、 高層オフィスやタワーマンションが並びます。
しかし明治初期まで戻れば、 駅の東側には海がありました。
03 / WHY TOKYO RECLAIMED THE SEA
なぜ東京は、これほど海を埋めたのか。
東京湾奥には、遠浅の海が広がっていました。
そこへ近代化の波が来ます。
大型の船を入れるには、航路を深くする必要があります。
海底を浚渫する。
そこで土砂が出る。
その土砂などを使って浅瀬を埋める。
新しい土地ができる。
そこへ港や工場、倉庫を造る。
海を深くする。
その一方で、海を陸にする。
東京港の発展と東京湾の埋立ては、 別々の話ではありません。
04 / SLOW EXPANSION
東京湾岸には、
「じりじり広がる街」もある。
東京湾岸の街は、 巨大な開発計画だけで生まれてきたわけではありません。
もう一つの広がり方があります。
既存の東京が、少しずつ海側へ広がっていく。
その代表が、品川、芝浦、浜松町です。
品川。
明治初期、品川駅の東側には海がありました。
その後、港湾、倉庫、鉄道、工場、オフィス、住宅へ。
そして現在も、品川駅周辺、高輪ゲートウェイ方面を含め、 街の更新が続いています。
芝浦。
芝浦も、埋立てから港湾・工業・倉庫を経て、 少しずつ住宅地へ変わってきました。
芝浦アイランド、グローバルフロントタワー、 ブランズタワー芝浦、プラウドタワー芝浦。
現在では「港湾の裏側」というより、 田町駅を生活圏とする都心住宅地として見る方が自然になっています。
浜松町。
浜松町も駅周辺だけではなく、 竹芝、日の出、芝浦へと街の密度が海側へ広がっています。
10年。20年。30年。
再開発が一つずつ重なり、 気がつけば昔は港湾や倉庫だった場所が、 都心そのものに近づいていく。
これも東京湾岸の成長の形です。
05 / WHEN A CITY CHANGES
豊洲は、いつ「今の豊洲」になったのか。
豊洲は最初から住宅地だったわけではありません。
長い間、造船・工業・港湾の街でした。
大きな転換点の一つが1989年です。
東京都は「豊洲・晴海開発整備方針」を策定。
1990年には開発整備計画。
1993年には道路や土地区画整理事業などの都市計画決定。
1997年には計画改定と、 豊洲土地区画整理事業の事業計画決定へ進みます。
1989 → 1997
約8年。
もちろん8年で現在の豊洲が完成したわけではありません。
その後も道路、区画整理、公共施設、住宅、商業施設などが積み重なり、 長い時間をかけて現在の街になりました。
土地が生まれるまでには長い時間がかかる。
一方、行政が土地の使い方を変えると、街は10年単位でも動き始める。
だから湾岸を見るとき、 現在の価格だけでなく、
「この土地を、これから何に使おうとしているのか。」
を見る意味があります。
06 / ARIAKE — A FUTURE ONCE REWRITTEN
有明には、一度「大きすぎる未来」が描かれた。
有明は、豊洲とは少し違う道を歩いています。
1980年代、東京都は台場・青海・有明を含む臨海部を、 新しい副都心として開発する構想を進めました。
1989年には「臨海副都心開発事業化計画」が策定されます。
当初描かれた規模は非常に大きなものでした。
しかし、その後バブル経済が崩壊します。
進出予定企業の撤退などが起こり、 臨海副都心を取り巻く経済環境は大きく変化しました。
1995年には、臨海副都心を舞台に予定されていた 世界都市博覧会も中止されます。
当初描かれた巨大な未来は、 そのままの形では実現しませんでした。
それでも、有明は止まらなかった。
計画は見直されました。
しかし、
街を造ること自体が、なくなったわけではありません。
東京都は臨海副都心開発を見直し、 1996年に新たな基本方針を決定。
1997年には「臨海副都心まちづくり推進計画」が策定されました。
巨大な構想をそのまま進めるのではなく、 現実に合わせて街の造り方を変えた。
その後も、道路、公園、街区、住宅、商業施設、 交通基盤の整備が続きます。
そして2026年8月にも、 東京都は有明北地区まちづくりガイドラインを改定しています。
有明は、昔の開発計画の跡地ではない。
今も、街の続きを造っている途中にある。
一度縮小された構想にも、「土壌」は残る。
巨大開発が予定どおり進まなかったからといって、 それまでに造られたものまで消えるわけではありません。
道路があります。
りんかい線があります。
ゆりかもめがあります。
東京ビッグサイトがあります。
公園があります。
住宅があります。
商業施設があります。
そして、都市計画があります。
ゼロから街を造る場所と、 すでに都市基盤を持つ場所では、 次の変化を起こすために必要な条件が違います。
有明は「何もない場所に次の街を造る」のではなく、
すでに造られた都市の続きをどう使うかを見る場所なのかもしれません。
07 / TWO WAYS A CITY GROWS
東京湾岸には、
二つの成長パターンがある。
PATTERN 01
街の役割を大きく変える。
豊洲・有明。
行政が土地利用の方向を示し、
都市計画、道路、交通、公共施設を整え、
民間開発が加わる。
10年、20年、30年という時間をかけて、
街そのものの性格が変わっていく。
PATTERN 02
都心が、じりじり広がる。
品川・芝浦・浜松町。
既存の駅、道路、仕事場の周囲に
再開発が一つずつ加わる。
気がつけば、昔は港湾や倉庫だった場所が、
都心住宅地の一部になっている。
湾岸の将来を見るなら、 「次の豊洲はどこか」だけを探す必要はありません。
大きく役割を変える街もあれば、 少しずつ都心そのものになっていく街もあります。
08 / THE FRONTIER TODAY
では、2026年。
東京はいま、どこを埋めているのか。
ここで、最初の地図をもう一度見てみます。
都心から東京湾を南へ見ていくと、 有明、青海、その先に海の森。
さらに中央防波堤。
そして、そのさらに海側にあるのが、
新海面処分場です。
東京都は現在も、 この新海面処分場を段階的に整備しています。
ここが、現在の東京の埋立ての最前線です。
09 / THE LAST DISPOSAL SITE
「最後の処分場」は、
終わりを意味するわけではない。
新海面処分場は、 AからGまでのブロックからなる巨大な埋立地です。
そして東京都は、 ここを東京港内最後の廃棄物処分場と位置づけています。
そのため東京都は、 現在の処分場を可能な限り長期間使うことを目指しています。
最終処分量を減らす。
資源化を進める。
処分場をより有効に使う。
処理技術を進歩させる。
ここで大切なのは、
「あと50年ほどで東京のごみが行き場を失う」 という話ではないことです。
50年という時間があれば、 ごみ処理そのものも変わっている可能性があります。
新たな処分方法。
資源化技術。
処理技術の高度化。
現在の処分場をさらに長く使う方法。
将来、新たな処分地を検討する可能性。
選択肢はいくつも考えられます。
新たな海面処分場、東京都外を含む広域的な処理、 内陸部や地下空間の活用なども将来の選択肢として考えることはできます。
ただし、これらは現時点で東京都が 「次の処分方法」として決定しているものではありません。
今決まっているのは、
「次はさらに沖を埋める」と決まっているわけではない。
そこまでです。
10 / WHAT COMES NEXT?
だから次に見るのは、
「海」ではなく「街」かもしれない。
新海面処分場について現在示されている将来利用は、 港湾、物流、公園・緑地などが中心です。
現在、巨大な住宅地へ転換する具体的な計画が 示されているわけではありません。
だとすれば、 次に見るべき場所はさらに沖だけではありません。
すでに土地がある。
すでに交通がある。
すでに都市基盤がある。
そして、使い方がまだ変わる余地がある。
そういう場所です。
11 / THE NEW URBAN AXIS
そこで、有明が気になる。
ここで、 「有明の価格が上がる」と言いたいわけではありません。
不動産価格は、 金利、景気、需給、供給戸数、建築費など、 多くの要因で変わります。
ただ、東京湾岸の歴史という観点から見ると、 有明には興味深い条件が重なっています。
すでに住宅があります。
商業があります。
りんかい線があります。
ゆりかもめがあります。
東京ビッグサイトがあります。
広い街区があります。
東京都によるまちづくりも現在進行形です。
そして、東京から有明へ。
東京都が計画を進めている 「都心部・臨海地域地下鉄」。
↓
新銀座
↓
新築地
↓
勝どき
↓
晴海
↓
豊洲市場
↓
有明・東京ビッグサイト
現在の事業計画案では、 有明・東京ビッグサイトまでを結びます。
有明では、 りんかい線・ゆりかもめとの乗換えも想定されています。
地図で見ると、 これは単なる新しい鉄道路線というだけではありません。
東京駅から東京湾へ向かって、
新しい都市軸が一本伸びていく。
そんな見方もできます。
12 / BEFORE THE PRICE MOVES
価格を見る前に、
街の使われ方を見る。
豊洲が現在の街になる前にも、 土地はありました。
行政計画がありました。
道路が造られました。
交通が整備されました。
公共施設が整いました。
そして民間資本が入りました。
街の価値が変わる前に、
街の使われ方が変わった。
これは過去を振り返れば確認できます。
だから、これから湾岸を見るときも、 「いくらで買えるか」だけではなく、
行政が何をしようとしているのか。
交通がどう変わるのか。
土地の役割がどう変わるのか。
民間投資がどこへ入っているのか。
そこまで一緒に見ておく意味があります。
完成した街を見るのか。
変化の途中を見るのか。
完成した街は分かりやすい。
一方、変化の途中には不確実性があります。
計画変更もあります。
遅延もあります。
金利も変わります。
だから、
「計画があるから上がる」
「未完成だから割安」
というほど単純ではありません。
それでも長い時間軸で東京湾岸を見るなら、
完成した街だけでなく、
役割が変わり始めた街を見る。
これは一つの見方だと思います。
13 / WHERE DOES TOKYO GO NEXT?
有明、青海、新木場。
次に変わるのは、どこなのか。
現在の計画だけで、 その答えを決めることはできません。
新木場・若洲には広い土地があります。
台場・青海には既存の都市基盤があります。
有明には住宅・商業・業務機能があり、 現在もまちづくりが続いています。
それぞれ、条件が違います。
ただ、東京湾岸の歴史から見えてくるものがあります。
街は、突然できない。
その前に、
行政計画。
土地利用。
道路。
鉄道。
公共投資。
民間投資。
という変化があります。
完成した街だけを見ていると、 その変化は見えません。
14 / SOMEWHERE IN BETWEEN
そして有明は、
二つの成長パターンの間にいる。
完全な未開発地ではありません。
完成した都心でもありません。
住宅がある。
商業がある。
鉄道がある。
道路がある。
大きな街区がある。
都市計画がある。
そして、新しい交通計画がある。
かつて描かれた巨大な臨海副都心構想は、 そのままの姿では実現しませんでした。
しかし、そのために用意された都市の土台まで なくなったわけではありません。
一度描かれた未来が、
30年以上かけて別の形で現実になっている。
有明を見るなら、 この時間軸まで見ておくと面白いと思います。
15 / BEYOND THE SHORELINE
東京は、あとどこまで海を埋めるのか。
東京は400年間、 海を陸にすることで横へ広がってきました。
そして現在も、 新海面処分場の整備は続いています。
ただ、そのさらに先へ 同じ方法で永遠に広がり続けるとは限りません。
新しい海を埋める。
ではなく、
すでに造った土地の役割を変える。
そんな時代へ移っていくのかもしれません。
港から街へ。
工場から住宅へ。
物流から複合都市へ。
これまでの湾岸でも起きてきたことです。
海岸線の次を見る。
50年後。
東京のごみがどのように処理されているのか。
新海面処分場がどのような土地になっているのか。
中央防波堤がどう使われているのか。
有明の先がどうなっているのか。
現在の地図には、 まだ答えは描かれていません。
ただ、街が変わる前に現れるものは、 過去からある程度見ることができます。
行政の方針。
土地利用。
交通。
道路。
民間投資。
価格を見るより前に、街を見る。
現在を見るだけではなく、時間を見る。
東京湾岸は、 その見方がとても面白い場所です。
FROM HISTORY TO THE CITY
ここからは、今の街を見る。
東京湾の成り立ちを見たあとは、 実際に住む街、買う街として比べてみてください。
もう少し、湾岸を見てみる。
AFTER READING TOKYO BAY
そろそろ、
お客様のお話を。
芝浦で探している。
豊洲と有明で迷っている。
気になるマンションがある。
賃貸と購入で迷っている。
そのくらいからで、十分です。
今見ている一件からでも。
これから探すところからでも。
0120-238-760 / 9:00–20:00