
田町駅はある。でも「田町」という住所はない。|では、田町はどこからどこまで?
田町駅はある。でも「田町」という住所はない。|では、田町はどこからどこまで?
田町駅で降りる。
駅前の住所を見てみます。
西側は、芝。
少し歩けば、三田。
東側へ出れば、芝浦。
ところが、どこにも「田町」がありません。
田町駅がある。
田町で働く。
田町に住む。
田町でマンションを探す。
私たちは毎日のように「田町」という地名を使っています。
それなのに現在、港区の正式な町名に 「田町」は存在しません。
では、
私たちが呼んでいる「田町」とは、いったいどこなのでしょう。
今回は現在の地図から消えた「田町」を、 約400年前までさかのぼって追ってみます。
まず結論|田町は、駅名だけになって残った
港区の公式資料には、田町について興味深い説明があります。
現在、「田町」という正式な町名はありません。
しかし、その名前は JR田町駅の駅名として今も残っています。
つまり、
町名としての田町は消えた。
でも、街の名前としての田町は消えなかった。
現在の田町を理解するには、 まず「昔の田町」がどこにあったのかを見る必要があります。
1601年|田町は、東海道とともに始まった
話は江戸時代の初めまで戻ります。
1600年、関ヶ原の戦い。
その翌年の1601年(慶長6年)、 東海道の新しい道筋が整備されました。
それ以前の道は、三田や高輪の丘の上を通っていました。
その道筋を海岸側へ下ろし、 新しい幹線道路としたのです。
それが現在の国道15号、第一京浜につながる道です。
そして、その新しい街道の両側に町がつくられました。
そこに付けられた名前の一つが、
「田町」でした。
昔の田町は、細長い町だった
現在の地図で「町」と聞くと、 ある程度まとまった四角い区域を想像するかもしれません。
しかし、昔の田町は少し違います。
東海道に沿ってできた町なので、
南北に細長い。
そして、その細長い町は、
一丁目から九丁目までありました。
つまり昔の「田町」は、 現在の田町駅を中心に丸く広がっていた街ではありません。
街道に沿って伸びていた町でした。
現在の「田町駅周辺」という感覚と、 江戸時代の「田町」という町は、 そもそも形が違うのです。
田町は「駅から生まれた街」ではない
ここは、かなり面白いところです。
現在の私たちは、
田町駅があるから、周辺を田町と呼んでいる。
そんな感覚を持ちやすいと思います。
しかし歴史の順番は逆です。
先に「田町」という町があった。
その約300年後に「田町駅」ができた。
田町という地名は、 鉄道よりはるかに古いのです。
1909年|田町駅が開業する
田町駅が開業したのは、 1909年(明治42年)12月16日。
新橋―品川間の鉄道整備が進められる中で、 浜松町駅などとともに田町駅が開業しました。
ここで、400年近く続くことになる 「田町」という地名と鉄道が結びつきます。
田町という町の名前が、田町駅という名前になった。
そして、このことが後に重要になります。
町名がなくなっても、 駅名は残ったからです。
田町駅の東側は、まだ現在の芝浦ではなかった
田町駅が開業した1909年頃、 駅の東側の景色は現在とはまったく違いました。
現在の芝浦の多くは、 まだ埋立ての途中、あるいはこれから陸地になっていく場所でした。
つまり田町駅は、
西側に、江戸時代から続く街。
東側に、これから生まれていく新しい土地。
その境界に近い場所にあったことになります。
この変化は、前の記事で詳しく追っています。
田町駅を出たら、昔は海だった。100年前の田町・芝浦を古地図で見る
そして、田町の東側に「芝浦」が生まれていく
明治から大正にかけて、 田町駅の東側では東京湾の埋立てが進みました。
1913年。
1914年。
1919年。
1920年。
段階的に新しい土地が生まれていきます。
新芝町。
芝浦町。
月見町。
そして後の西芝浦。
それらが再編され、 現在の芝浦一丁目から四丁目へつながっていきました。
詳しくはこちらで、一丁目ずつ追っています。
芝浦の土地は、いつ生まれた?|1丁目・2丁目・3丁目・4丁目、埋立ての歴史を追う
では、「田町」という住所はいつ消えたのか
現在の住所へ大きく変わっていくのは、 昭和の住居表示による町名整理です。
港区では1964年(昭和39年)から、 順次、住居表示が実施されました。
それまで存在した芝田町一丁目から九丁目も、 現在の町名へ組み替えられていきます。
芝田町一丁目から四丁目の区域は、 現在の芝五丁目の一部へ。
芝田町五丁目から九丁目の区域は、 現在の三田三丁目の一部へ。
こうして、
住所としての「田町」は、現在の地図から消えていきました。
ちょっと不思議|昔の田町と、今の「田町」は同じではない
ここで一度、現在に戻ってみます。
今、「田町」と言われて、 芝五丁目と三田三丁目だけを思い浮かべる人は少ないでしょう。
田町駅。
三田駅。
芝五丁目。
三田三丁目。
芝浦三丁目。
芝浦四丁目。
この辺りを含めて、 広く「田町」と呼ぶことがあります。
しかし歴史的な町名としての田町と、 現在私たちが使う「田町エリア」は同じものではありません。
昔の田町は「町名」。
現在の田町は「駅を中心とした街の呼び名」。
ここを分けて考えると、 田町という街がずっと分かりやすくなります。
なぜ町名が消えても、「田町」は残ったのか
住所から名前が消えれば、 普通なら地名そのものも少しずつ使われなくなりそうです。
それでも「田町」は残りました。
大きな理由の一つは、 やはり田町駅でしょう。
毎日、多くの人が駅名を見ます。
電車のアナウンスで聞きます。
会社の所在地を説明するときにも、
「田町駅から徒歩○分」
と表現します。
住まいを探すときも、
「田町駅周辺」
で検索します。
住所から消えた地名を、駅が残し続けた。
田町は、その典型的な街の一つと言えるかもしれません。
三田駅なのに、なぜ田町駅のすぐ隣にある?
田町を歩いていると、 もう一つ少し不思議なことがあります。
JRは田町駅。
すぐ隣の都営地下鉄は三田駅。
ほぼ同じ場所なのに、 駅名が違います。
しかし、ここまで街の歴史を見てくると、 それほど不思議ではありません。
田町と三田は、 もともと別の歴史を持つ地名です。
現在は駅同士が接続するほど近くても、 街の名前はそれぞれ残っています。
田町と三田は、同じ駅前に二つの歴史が重なっている。
これも、このエリアらしいところです。
そして駅の反対側は「芝浦」
さらに田町駅を東へ出ると、 住所は芝浦になります。
西へ出れば、芝・三田。
東へ出れば、芝浦。
真ん中にある駅は、田町。
考えてみると、 少し変わった駅です。
芝。
三田。
田町。
芝浦。
異なる時代に生まれた名前が、 田町駅の周りに集まっています。
「田町に住みたい」は、住所を探しているわけではない
これは不動産を扱っていると、 とてもよく分かります。
お客様から、
「田町で探しています」
というご相談をいただくことがあります。
でも、その方が探している住所が 「田町」であるわけではありません。
芝五丁目かもしれない。
三田三丁目かもしれない。
芝浦三丁目かもしれない。
芝浦四丁目かもしれない。
お客様が探しているのは、
「田町駅を中心にした暮らし」
です。
だから、物件検索で住所だけを見ていると、 少し分かりにくいことがあります。
田町駅の西と東では、住む街としてもかなり違う
同じ「田町駅徒歩圏」でも、 どちら側に住むかで街の表情は変わります。
西側には、芝・三田。
昔からの街路や商店、 慶應義塾大学周辺の街並み、 第一京浜沿いの都市的な景色があります。
東側には、芝浦。
運河、オフィス、 大規模マンション、 ウォーターフロントの景色があります。
駅は同じ。
でも、
暮らす街は同じではありません。
田町で物件を探すなら、「田町」という住所を探さない
少し変な言い方ですが、 田町で住まいを探すときには、 「田町」という住所だけを探すことはできません。
見るべきなのは、
芝。
三田。
芝浦。
そして、 田町駅からの距離や生活動線です。
駅名と住所が一致しないからこそ、田町は「街」で考えた方が分かりやすい。
住所から消えても、街の名前は消えなかった
1601年。
東海道の新しい道筋とともに、 田町という町が生まれました。
一丁目から九丁目まで続いた、 細長い街でした。
1909年。
その名前を受け継いだ田町駅が開業します。
そして昭和。
住居表示によって、 芝田町は芝や三田などの現在の町名へ変わりました。
住所としての田町は消えました。
でも、
田町駅は残った。
人々は田町で働き、 田町で待ち合わせをし、 田町で家を探し続けました。
だから今も、 この街は「田町」と呼ばれています。
住所から消えても、
街の名前は消えなかった。
地図には書かれていないけれど、 確かに存在する街。
それが、現在の「田町」なのかもしれません。
田町・芝浦を、3つの時間から見る
ここまで3本の記事で、 現在の田町・芝浦を少し違う角度から見てきました。
最初は、 海だった芝浦。
田町駅を出たら、昔は海だった。100年前の田町・芝浦を古地図で見る
次は、 少しずつ生まれた芝浦一丁目〜四丁目。
芝浦の土地は、いつ生まれた?|1丁目・2丁目・3丁目・4丁目、埋立ての歴史を追う
そして今回は、 住所から消えた田町。
現在の街だけを見れば、 田町も芝浦も一つの完成した都市に見えます。
でも、その下には違う時代があります。
街を知ると、物件の見え方も少し変わります。
続きは、その一件について。
田町で探す。
でも、住所に「田町」はありません。
芝・三田・芝浦。
お客様が思い描く暮らしから、場所を一緒に考えます。
株式会社 blue blooded
田町・芝浦サロン
物件より先に、お話を。
参考資料
港区「地名の歴史(芝地区)」
港区「港区町名旧新対照表」
JR東日本「高輪築堤跡保存活用計画」等
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