
ルナ・アズールのルートを地形で読む|品川から青森へ、台地・河岸段丘・越後平野・日本海を走る夜行列車
LUNA AZUL / 地形と、街のなりたち
ルナ・アズールはどこを走る?
品川から青森まで、上越線・羽越本線と日本の地形をたどる
夜の品川を出て、翌朝の青森へ。眠っている間にも、列車は日本列島の地形を横断していきます。
ルナ・アズールは、一晩で日本の地形を横断する列車です
春から秋のルナ・アズールは、品川を21時ごろに出発し、 上越線・羽越本線を経由して、翌朝9時30分ごろに青森へ到着する 夜行列車として発表されています。
その道のりには、武蔵野台地、関東ローム層をつくった火山、 利根川流域の河岸段丘、三国山脈、越後平野、日本海の海岸線、 庄内平野、そして津軽平野と、日本の地形の教科書のような場所が続きます。
ただし、その多くを列車が通るのは夜です。 東京の台地も、関東平野も、山越えも、日本海沿岸の多くも、 窓の外にはほとんど見えないかもしれません。
それでも、眠っている間に列車がどんな土地を走り、 どんな山を越え、朝にはどんな場所に着いているのかを知っておくと、 夜行列車の旅は少し違って見えてきます。
この記事では、そのルートを地形でたどりながら、 夜の向こう側にある土地のなりたちを見ていきます。
ルナ・アズールについて書くのは、これで3本目になります。
1本目では、カシオペアの記憶と重ねながら、この列車がどんな列車になりそうかを考えました。 2本目では、冬に草津へ向かう昼の運行について書きました。
まだお読みでない方は、 ルナ・アズールとは?料金・個室・車内を考えた第1回 と、 冬のルナ・アズールは草津へ向かう第2回 もあわせてどうぞ。
3本目は、少し視点を変えます。
列車そのものではなく、
列車が走る「土地」を見てみたいと思います。
私たちは普段、不動産の仕事の中で、 台地か低地か、埋立地か、川がつくった土地か、ということをよく考えます。
その目でルナ・アズールのルートを眺めると、 これほど地形の変化に富んだ路線はなかなかありません。
しかも面白いのは、その大部分を暗い時間に通り過ぎることです。
夜の品川を出た列車は、乗客が食事をしたり、 ラウンジで過ごしたり、眠ったりしている間にも、 関東平野を抜け、山を越え、太平洋側から日本海側へ移っていきます。 そして朝には、東京を出たときとはまったく違う土地を走っています。
一晩のルートと、地形の目安
JR東日本の発表では、春から秋の下り列車は品川を21時ごろに出発し、 翌朝9時30分ごろに青森へ到着する予定です。 所要時間は12.5〜15時間程度。 具体的な運転日や詳細な途中時刻は今後発表されます。
そのため、東京から日本海沿岸にかけての多くは夜間の通過になります。 ここでは「車窓から必ず見える場所」ではなく、 列車が一晩のうちに横断していく地形として整理します。
| 区間 | 時間帯の目安 | 地形のポイント | 旅のヒント |
|---|---|---|---|
| 品川〜大宮 | 夜 | 武蔵野台地の縁、東京の低地、大宮台地 | 出発前に高輪・品川を歩くと地形が分かりやすい |
| 大宮〜高崎 | 夜 | 関東平野、関東ローム層、赤城山・榛名山 | 暗闇の下に広大な関東平野が続く |
| 上越線・山越え | 深夜 | 利根川流域の河岸段丘、谷川連峰、中央分水界 | 眠っている間に太平洋側から日本海側へ |
| 越後平野〜日本海沿岸 | 深夜〜明け方 | 信濃川・阿賀野川の低地、庄内平野、日本海沿岸 | 季節によっては、秋田県内の海沿いで夜が明ける |
| 秋田〜弘前〜青森 | 朝 | 米代川流域、津軽平野、岩木山、陸奥湾 | 朝の光の中で東北北部の地形を見る |
※時間帯はJR東日本が発表している下り「21時頃発、9時30分頃着」と 運行経路をもとにした大まかな目安です。 途中駅の具体的な時刻は未発表のため、 季節や実際のダイヤによって見える景色は変わります。
一方、上り列車は16時ごろに青森を出発し、 翌朝7時ごろに品川へ到着する予定です。 詳細な途中時刻はまだ発表されていませんが、 津軽から秋田方面へ向かう時間帯は夕方に重なると考えられます。 季節によっては、日本海側で夕暮れの車窓を楽しめるかもしれません。
同じルートでも、下りと上りでは、明るい時間に通る場所が変わります。 それも夜行列車ならではの面白さです。
品川は、台地と海の境目から出発する
品川駅のすぐ西には、高輪や御殿山の高台が続いています。 このあたりは、東京の西側に広がる 武蔵野台地 の東側の縁にあたる場所の一つです。
そして駅の東側は、かつて海でした。
現在はビルや道路が続いているため想像しにくいのですが、 江戸時代までの海岸線は、今よりずっと西側にありました。
1872年に日本最初の鉄道が新橋と横浜の間に開業したとき、 このあたりでは、海の上に築いた堤の上を列車が走っていました。 高輪ゲートウェイ駅周辺の再開発で見つかった「高輪築堤」は、その跡です。
日本最初の鉄道と高輪築堤については、 新橋―横浜を結んだ日本最初の鉄道と、高輪築堤の記事 でも詳しく書いています。
台地の崖と、かつての海。
ルナ・アズールは、その境目から旅を始めます。
品川を出た列車は、東京、上野へと向かいます。 上野の山もまた台地の縁にあり、その東側には下町の低地が広がっています。
さらに北へ進み、荒川を越えると大宮台地へ。 東京から埼玉にかけては、一見すると平らな都市の中に、 台地と低地の境目が繰り返し現れます。
夜の列車からその高低差を見分けることは難しいでしょう。 しかし、私たちが普段暮らしている東京の街も、 決して一枚の平らな土地の上にあるわけではありません。
台地の縁には坂があり、低地には川やかつての水路があり、 その地形の違いが、街の歴史や土地利用にも影響してきました。
東京で高級住宅街が坂の上に多い理由については、 麻布・赤坂・番町・白金・城南五山と地形の関係 でも取り上げています。
TRAVEL MEMO
出発前に時間があれば、高輪ゲートウェイ駅周辺を歩いてみてください。 台地の上の高輪と、海だった駅の東側。 品川という場所の二つの顔が、よく分かります。
関東平野を北へ。足もとには関東ローム層
大宮から高崎へ向かう区間では、 列車は広大な関東平野を北西へ進みます。
夜なので、その広さを車窓から実感することは難しいかもしれません。 それでも列車の下には、東京から続く関東平野が広がっています。
そして関東平野の台地を広く覆っているのが、 関東ローム層 です。
赤土とも呼ばれるこの地層は、一度の噴火でできたものではありません。 長い時間の中で、富士山や箱根火山をはじめとする火山から飛んできた 火山灰や火山噴出物などが積もり、風化しながら形成されてきました。
武蔵野台地もまた、この関東ローム層に広く覆われています。
東京の住宅地の足もとには、
遠くの火山から飛んできたものが、長い時間をかけて積み重なっています。
ただし、不動産を見るときに 「関東ローム層だから地盤が強い」と単純に考えることはできません。
同じ台地でも、谷を埋めた場所、盛土された場所、 斜面を造成した場所など、土地の条件は一つひとつ違います。 地形と地盤は、名前だけではなく、 その場所がどうできたのかまで見る必要があります。
そう考えると、夜の関東平野にも、 その下に長い土地の歴史が積み重なっていることが分かります。
赤城と榛名のあいだを抜けて、利根川をさかのぼる
高崎の先で、ルートは上越線に入ります。
上越線は、西の榛名山と東の赤城山にはさまれた地域を抜け、 利根川に沿うように北へ向かっていきます。
つまりこのあたりで、ルナ・アズールは、 関東の地形や気候に大きな影響を与えてきた火山のすぐそばを走ることになります。
そしてさらに北へ進むと、沼田周辺に入ります。
沼田は、河岸段丘が非常に分かりやすい場所として知られています。
利根川や片品川などが長い時間をかけて土地を削り、 川底が低くなっていく過程で、 かつての平らな面が高い場所に取り残されました。 それが階段状に残ったものが河岸段丘です。
現在の沼田の市街地は、 川沿いの低い場所より一段高い段丘面に広がっています。 地図だけでは平らに見えても、現地へ行くと、 街と川の間に大きな高低差があることが分かります。
川は、流れるだけではありません。
長い時間をかけて、街が乗る地形そのものをつくります。
これは多摩川や東京周辺の河岸段丘を見るときにも同じです。 川と街の位置関係を知ると、 その土地がなぜ高いのか、なぜ坂があるのかが見えてきます。
ルナ・アズールでは、このあたりを深夜に通ることになると考えられます。 段丘そのものを見ることは難しくても、 列車はその地形の中を走りながら、いよいよ山へ向かっていきます。
TRAVEL MEMO
沼田の河岸段丘は、昼間に訪ねると段々になった地形がよく分かります。 夜行列車では暗い時間に通る場所だからこそ、 別の旅で地形そのものを見に行くのも面白いと思います。
三国山脈を越える|太平洋側から日本海側へ
利根川の上流へ進んだ先に待っているのが、 群馬と新潟の県境に連なる山々です。
上越線は、長いトンネルを使ってこの山岳地帯を越えていきます。
ここは単なる県境ではありません。
日本列島の水の流れを大きく分ける境界でもあります。
山の太平洋側に降った雨や雪は利根川水系などを通じて太平洋へ向かい、 日本海側に降った水は信濃川などを通じて日本海へ向かいます。
こうした水の流れを分ける山の境界を「分水界」と呼び、 日本列島を大きく分けるものは中央分水界と呼ばれます。
一本のトンネルを越える間に、
水の行き先も、気候も、景色も変わっていく。
太平洋側と日本海側では、冬の気候も大きく異なります。
日本海から入ってきた湿った空気は山にぶつかり、 日本海側に大量の雪を降らせます。 山を越えた関東側では乾いた冬晴れになることが多く、 同じ日本でも山の両側で景色が大きく変わります。
夜行列車では、その境界を眠っている間に越えることになるかもしれません。
東京を出たときには太平洋側にいた列車が、 目を閉じている間に山を越え、日本海側へ入っていく。 地図で見ると一本の線ですが、 そこには日本列島を分ける大きな地形の境目があります。
越後平野は、川と水がつくった土地
山を越えて新潟県側へ下りると、 やがて列車は越後平野へ入ります。
越後平野は、信濃川や阿賀野川などが運んできた土砂が 長い時間をかけて積もって形成された、日本でも有数の広さをもつ平野です。
現在は広大な水田が広がっていますが、 昔から今のような土地だったわけではありません。
かつての越後平野には、潟と呼ばれる湖沼や湿地、 低湿地が数多く存在しました。 場所によっては水との闘いの中で農業が営まれ、 河川改修や排水、土地改良などが積み重ねられてきました。
つまり、今目にする広大な平野の風景も、 川がつくった自然の地形だけでなく、 そこに暮らす人々が水と付き合ってきた歴史の上にあります。
水とどう付き合うかで、
土地の使われ方も、街のかたちも変わります。
これは、東京の下町を考えるときにも通じる視点です。
もちろん、越後平野と東京の低地は、 地質も成り立ちも同じではありません。
ただ、「低い土地で水とどう付き合うか」という問いは共通しています。 堤防、排水、河川改修、都市計画。 人は昔から、水の近くに暮らすために土地へ手を加えてきました。
不動産を見るときにも、現在の街並みだけでなく、 その土地がもともとどんな場所だったのかを見ることがあります。
今ある風景だけではなく、その前の土地を知る。 越後平野を通る夜行列車は、そんな見方にもつながります。
夜の日本海へ|笹川流れ、庄内平野、象潟
新潟の北からは、羽越本線で日本海側を北上していきます。
下り列車では、この区間の多くが深夜から明け方になると考えられます。
窓の外に日本海が広がっていても、 夜の海はほとんど見えないかもしれません。 それでも、列車のすぐ向こう側には、 昼間なら一度は見てみたい景色が続いています。
新潟県村上市の笹川流れは、 岩礁や奇岩が続く日本海の海岸です。
山形県へ入ると、 最上川などがつくった庄内平野が広がり、 その向こうには鳥海山がそびえます。
さらに北へ進むと秋田県の象潟があります。
象潟は、松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅で訪れたことで知られる場所です。 かつては海に小さな島々が浮かぶような景観が広がっていました。
ところが1804年の象潟地震によって土地が隆起し、 かつての潟は陸地へと変化しました。
現在は田んぼの中に、 かつて島だった小さな丘が点在しています。
地面は、動かないものではない。
象潟は、そのことを静かに教えてくれる場所です。
不動産では「土地」という言葉を、 動かないもののように使います。
けれど、もっと長い時間で見れば、 川は流れを変え、海岸線は動き、 地震によって土地そのものが隆起することもあります。
街の現在だけを見るのではなく、 その土地がどんな時間を経て今の姿になったのかを見る。 それは、東京の地形を考えるときにも同じです。
そして春から夏にかけては、 秋田県に入る前後から空が明るくなり始める可能性があります。 途中駅の時刻はまだ発表されていないため断定はできませんが、 季節によっては日本海側で、 夜から朝へ変わっていく時間を迎えることになりそうです。
TRAVEL MEMO
夜に通り過ぎる日本海沿いこそ、別の旅で訪ねてみたい区間です。 また上り列車なら、青森を16時ごろに出発します。 季節と今後発表されるダイヤによっては、 津軽から秋田方面へ向かいながら、 日本海側の夕暮れを見る旅になるかもしれません。
朝の津軽平野と岩木山、そして青森へ
秋田県からさらに北へ進み、県境を越えると青森県へ入ります。
このころには、すっかり朝になっているはずです。
弘前周辺に広がるのが津軽平野です。
津軽平野は、岩木川の流域に広がる平野で、 その南西には岩木山がそびえています。
岩木山は標高1,625メートルの火山で、 周囲の平野から大きく立ち上がる姿から 「津軽富士」とも呼ばれています。
夜の品川を出て、暗い関東平野を走り、 山を越え、日本海側を北上してきた列車は、 朝の光の中を津軽へ向かいます。
夜の東京を出て、山を越え、
朝の津軽へ。
平野にはりんご畑が広がり、 弘前には城下町の歴史が残っています。
やがて列車は、陸奥湾に面した青森へ。
品川の台地と海の境目から始まり、 関東平野、利根川流域、中央分水界、 越後平野、日本海側の平野を通り、 最後は津軽平野へ。
一晩のうちに列車が横断してきたのは、 東京から本州北部まで続く、日本列島の地形の断面そのものです。
TRAVEL MEMO
朝は窓の外を見ていたいところです。 岩木山が見えるか、津軽平野がどんな朝を迎えているか。 夜のあいだ見えなかった土地を思い浮かべながら、 青森までの最後の時間を楽しめます。
冬のルナ・アズールは、昼の草津へ
冬のルナ・アズールは、 春から秋とはまったく違う旅になります。
JR東日本の発表では、 冬季は品川から長野原草津口までを昼に運行する予定です。
下りは品川を10時ごろに出発し、 長野原草津口へ12時30分ごろに到着。 所要時間は2.5〜3時間程度、 週6往復、7両編成で乗車定員150名とされています。
夜行の青森ルートでは暗闇の中を通る関東平野や群馬の山々を、 冬は明るい時間に見ることができます。
長野原草津口の先にある草津温泉は、 草津白根山を含む火山地域の活動と深く関係する温泉地です。
そして長野原周辺からは、浅間山にも近くなります。
東京の台地を覆う関東ローム層を考えながら北へ向かい、 その先で実際の火山地域へ入っていく。
春から秋は、一晩かけて日本列島の地形を横断する旅。
冬は、明るい車窓から関東平野と山を見ながら、 火山と温泉の土地へ向かう旅。
季節によって行き先は変わっても、 ルナ・アズールの旅は、 どこかで地形の話につながっています。
冬の運行については、 冬のルナ・アズールは草津へ で詳しく書いています。
見えない景色を知ってから、夜行列車に乗る
夜行列車の記事なのに、 車窓から見えない場所の話をたくさん書きました。
けれど、それも夜行列車の面白さなのだと思います。
窓の外が暗くても、列車は止まっているわけではありません。
食事をしている間にも、ラウンジで過ごしている間にも、 眠っている間にも、列車は川を渡り、平野を走り、山を越えています。
そして朝起きたときには、 気候も、街も、地形も、東京とは違う場所にいる。
夜に見えない景色まで想像できること。
それも、夜行列車の旅なのかもしれません。
地形を知ると、街の見え方が変わる
最後に、なぜ不動産会社がこんな記事を書いているのか、 少しだけお話しさせてください。
私たちは、田町・芝浦を拠点に、 東京の住まいや土地のご相談を受けています。
物件を見るとき、間取りや価格だけでなく、 その土地が台地なのか低地なのか、 埋立地なのか、川がつくった土地なのかを、いつも考えます。
それは、暮らしやすさや災害への備え、 街の歴史、そして長い目でその土地を見ることにもつながるからです。
同じ東京でも、高輪のような台地と、 川沿いの低地では、土地ができた過程が違います。
同じように見える平らな街でも、 その下にある歴史は一つではありません。
東京が海と川によってどのようにつくられてきたのかについては、 縄文海進から江戸まで、東京6000年の土地の歴史 でも詳しく取り上げています。
旅のルートを地形で見る目は、
住む街を見る目と、どこかでつながっています。
ルナ・アズールに乗る日が来たら、 窓の外に見える景色だけでなく、 暗闇の下を列車がどんな土地の上で走っているのかも、 少しだけ想像してみてください。
品川の台地と海の境目から、 関東平野、山越え、日本海側の平野、 そして津軽の朝へ。
知ってから乗ると、一晩の距離が、 少し違って感じられるはずです。
LUNA AZUL 03
一晩で、日本の地形を横断する。
台地と海の境目から出発し、
広い平野を走り、
山を越え、
日本海側へ。
そして、津軽の朝を迎える。
土地を知ると、旅も、街も、深くなる。YOUR SEAT
土地の話から、住まいの話へ。
気になる街の地形や、住まいのこと。
旅の途中でも、お気軽にどうぞ。